遺言書
■質問 二刀流ブログ第21回 法定相続情報の作成からの続きです
私は横浜市に居住するサラリーマンです。
今年10月に東京都渋谷区に居住する父が亡くなりました。
先日、法務局から法定相続情報が送付されてきました。
遺言書は探したのですが、出てきておりません。
そもそも遺言書がないと、不動産の相続登記や相続した預貯金に解約といった手続きはできないのでしょうか?
遺言書とは
遺言書とは、自分の死後、誰にどの財産をどれだけ相続させたいかを指定し、その指定に法的な効力をもたせる書類です。
法律に沿って作成された遺言書の記載内容は、遺言者の死亡時から効力が発生し、法定相続分のルールに優先します。
遺言書がないと相続手続きはできないのか
遺言書がなくても不動産の相続登記、預貯金の解約などはできます。
その場合、遺産分割協議書などの提出を求められます。
相続人が遠隔地に散らばっている場合、非常に縁遠い場合、もめている場合には遺産分割協議がなかなかまとまらず、その分相続手続きができないということになります。
なお、死亡保険金の請求については、既に受取人がきまっていますので、遺言書も遺産分割協議書も不要です。
遺言書がない時の落とし穴
筆者の経験に基づく次の例を考えてみましょう(守秘義務のため、詳細はフィクションです)
相続開始日 令和6年1月10日
したがって、相続税の申告期限は令和6年11月10日
相続人 被相続人の長女と長男
長男は被相続人と同居し、現在も自宅に居住し続けている
遺産の内訳
不動産 2億円(うち自宅の敷地は1億円)
預貯金 1億円
上場株式 1億円
投資信託 1億円
合計 5億円
遺言書はきょうだいの絆を信じており、「もめるわけがない」として遺言書を作成していない
長男と長女はかねてから仲が悪く、遺産分割協議がまとまっていない。
長女、長男ともに家族をかかえる身で、余裕資金や財産はほとんどない。
このまま遺産分割協議がまとまらないと、相続税は約1億5千万円となり、令和6年11月10日までにその計算過程を相続税の申告書として税務署に提出するとともに、納税しなければなりません。
申告だけして納税をしないと、税務署から督促状が送られ、それでも放置していると財産の差し押さえの事態もあり得ますし、延滞税もかかります。
本件の場合、預貯金を解約し、上場株式や投資信託を換金すれば、相続税は期限内に完納できます。
しかし、遺産分割協議がまとまなければ、解約も換金もできません。ましてや不動産の売却もできるはずもありません。
もし、法律に沿って記載された以下の趣旨の遺言書があったらどうでしょう。
1.不動産のうち自宅は長男に相続させる
2.自宅を除く不動産は長男と長女に2分の1ずつ相続させる
3.預貯金、有価証券などの金融資産は長男と長女に2分の1ずつ相続させる
4.その他の財産は長男に相続させる
この結果、小規模宅地等の特例を適用できますので、相続税額は約1億2千万円に減額されるほか、なにより納税が可能になります。
上記のように遺言書に全ての財産についての記載がなくても、預貯金、上場株式、投資信託についての記載があれば、比較的早くこれらの解約・換金ができますので、納税資金は確保できたはずです。
不動産の分割協議は残りますが、相続税の申告書といっしょに「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出すれば3年の余裕ができるのです。
筆者は、上記の案件について度重なる説得のうえ、預貯金、投資信託についてだけの遺産分割協議をまとめて、あとは未分割で「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して相続税の申告書を提出しました。
つくづく遺言書の有効性を実感した案件です。
遺言書の種類
遺言書には、
自筆証書遺言
公正証書遺言
秘密証書遺言
の3つの種類があります。
このうち、自筆証書遺言と公正証書遺言が実務上多く目にするものになります。
当事務所では、
公正証書遺言の作成のお手伝い
相続税からみた遺言書案の検討のお手伝い(シミュレーション)
を業務としてうけたまわっております。
お気軽にお問合せください。
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言者本人が全ての文、日付、氏名を自分で書いて、捺印して作成するものです。
なお、財産目録は、パソコンで作成したものでもOKです。
自筆証書遺言は、自宅で保管するか、又は法務局に預けます。
遺言者が死亡した場合、自宅で保管したものは家庭裁判所の検認を受ける必要がありますが、法務局に預けた場合(※1)、検認を受ける必要はありません。
自筆証書遺言のメリットは、なんといっても作成費用がかからないことと作成に手間がかからないことですが、内容に不備があると無効になる可能性があります。
また、自宅保管の場合、紛失や改ざんされるおそれがあるほか、いざ相続が発生したときに相続人に発見されないおそれもあります。
公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授(くじゅ:口頭で伝える)し、公証人が書面にするものです。
専門家がお手伝いする場合は、
1.遺言者と専門家で遺言書の内容を検討、案文を作成
2.専門家から公証人に案分と必要書類を送付
3.公証役場に出向いて、遺言書作成
(立会人が2人必要となりますが、そのうち1人は専門家がつとめることが多いです)
4.遺言者に公正証書の正本と謄本が遺言者に交付される
の流れで作成されます。
作成された公正証書証書遺言の原本は公証役場で適切に保管されます。
遺言者が死亡した場合、家庭裁判所の検認は不要で、遺言執行者はすぐに相続手続きに着手できます。
公正証書遺言のメリットはすぐに相続手続きに着手できることのほか、案文の段階から法律のプロ※である公証人が関与してくれますので、内容不備による無効となることが非常に少ないこと、原本は公証役場で適切に保管されるため紛失や改ざんのおそれがないことです。
公正証書遺言のデメリットは、財産の価格に応じた手数料がかかるほか、専門家にサポートを依頼した場合はその手数料も必要になります。
自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらがよいか
前記のとおり自筆証書遺言にも公正証書遺言のいずれにもメリット、デメリットがあり、一概に「こっちがいい」ということは言えませんが、せっかく書いた内容が無効になりにくいこと、紛失や改ざんのおそれがないことから、当事務所では公正証書遺言をおすすめしています。
しかし、公正証書遺言は、公証人や専門家と細かく打ち合わせしなければならないほか、必要書類(遺言者と相続人との続柄がわかる戸籍、印鑑証明書、財産の明細がわかるものなど)をもれなく準備する必要があり、時間がかかります。
このため、重篤な病気のため余命いくばくもない方については使いづらさがあるのは事実です。
そこで、このような方については、まずは自筆証書遺言を作成して、その後公正証書遺言の作成にとりかかる方法も有効ではないかと筆者は考えています。
遺言書の使い方
遺言者の相続開始後、作成された遺言書は、主に以下の手続きで使います。
1.遺言者の不動産の相続登記
2.遺言者名義の預貯金の解約
3.遺言者名義の上場株式、投資信託等の名義変更、換金
4.相続税申告
遺言書の落とし穴
遺言書はあれば、便利なものですが、万能というわけではありません。
主な落とし穴をあげると以下のとおりです。
落とし穴1 相続人の気持ちは反映していない
遺言書は、遺産の行き先を記載することを通じて遺言者の気持ちを相続人に伝える効果があるといえます。また、法的な効果はありませんが、遺言者の末尾には「付言」をつけ加えることができ、より直接的に遺言者の気持ちを記載することができます。
しかし、記載されているのはあくまで遺言者の気持ちであり、相続人の気持ちではありません。
そのため、遺産の分割内容が相続人の期待に沿ったものではないことがあります。
この結果、遺言書の効力が問題とされたり、遺留分侵害額の請求(※2)がなされたり、遺言書は脇に置いて相続人間であらためて遺産分割協議を行われたりします。
「全てを○○に相続させる」など他の相続人の遺留分を侵害するおそれのある遺言については慎重を期すべきかと思います。
落とし穴2 死亡保険金の受取人は決められない
死亡保険金の受取人は保険会社との保険契約で決められる内容であることから、遺言書で受取人を決めたり、変更したりできません。
既に決まっている受取人を変更するためには、保険契約の契約者が契約書の内容を変更しなければなりません。
遺産のほとんどが不動産で、相続税の納税は死亡保険金に頼らざるを得ないという方は、遺言書を書いても納税資金に困る相続人が出てくるかもしれないので要注意です。
落とし穴3 細かく書きすぎると無効になる
相続税の申告や遺言書の作成をサポートしていると、「金融資産を長男に1,000万円、長女に1,000万円相続させる」との記載をみかけます。
これ自体悪いことではないのですが、相続開始時の金融資産が2,000万円に満たない場合、この内容は無効になっていまい、その他の財産の取得者が遺言書に書いてあれば、その者のものとなり、遺言書に記載がなければ、あらためて金融資産について遺産分割協議を行う必要があります。
例えば、遺言者としては金融資産を長男と長女に2分の1ずつ相続してほしいと思っていただけなのに、その他の財産の取得者が遺言書に長男とかいてあれば金融資産の全てが長男になってしまうということです。
このような事態を避けるため、当事務所では長男2分1、長女2分の1と割合で記載することをお勧めしています。
※1自筆証書遺言保管制度
自筆証書遺言を法務局へ預ける制度のことを「自筆証書遺言保管制度」といいます。
詳細は下記のリンクをご参照ください。
※2遺留分侵害額の請求
遺留分侵害額の請求に関する詳細は、下記のリンクをご参照ください。
©新富税理士・不動産鑑定士事務所
コメントをお書きください